古着系ストリートブランドで若者から絶大な支持を集め、東証グロース市場への上場も果たした株式会社yutoriの社長・片石貴展(かたいし たかのり)さん。
通称「ゆとりくん」として知られる彼の強さの秘密は、意外にも挫折だらけの学生時代にありました。
この記事では、彼の出身高校・大学などの学歴を辿りながら、いかにして彼が逆境を乗り越え、自らの道を切り拓いていったのか、その逆転劇の原点に迫ります。
一目でわかる!片石貴展のプロフィールと学歴
まずはじめに、片石貴展さんがどのような人物なのか、その基本的なプロフィールと学歴の全体像をご紹介します。
プロフィール
- 氏名: 片石 貴展(かたいし たかのり)
- 別名: ゆとりくん
- 生年月日: 1993年12月25日
- 出身地: 神奈川県
- 現職: 株式会社yutori 代表取締役社長
- 主な実績: Forbes「30 UNDER 30 JAPAN」選出、2023年 株式会社yutoriが東証グロース市場へ上場
【出典】WWDJAPAN
学歴タイムライン
片石さんの学生時代は、後の起業家としての成功を予感させる、ユニークな道のりでした。
- 中学校: 公文国際学園中等部(偏差値63)
- 高校: 公文国際学園高等部(偏差値63)
- 大学: 明治大学商学部(偏差値60~62.5)
これは、彼が学業においても優秀な成績を収めていたことを示しています。
「93世代」明治大学商学を特別給費奨学生にて卒業の後に、株式会社アカツキに新卒として入社。
【出典】YouTube動画概要欄より
一見すると、順風満帆なエリートコースを歩んできたように見えます。
挫折を武器に変えた、逆転の学生時代
彼の輝かしい経歴の裏には、光と影に満ちた物語がありました。
- 挫折の時代 – 挫折の時代 – いじめと「ビリから10番目」の現実
- 覚醒の時代 – 人気ブロガーになった高校時代
- 飛躍の時代 – ビジネスの才覚を発揮した明治大学
第1章:挫折の時代 – いじめと「ビリから10番目」の現実
公文国際学園という進学校に進んだ彼を待っていたのは、順風満帆なエリートコースではありませんでした。
小学生時代のいじめがきっかけで、彼は内向的な性格になっていました。
いつも一緒に遊んでいたクラスの仲間数人が、突然口をきかなくなった。いじめられてしまったのだ。
高校生活に馴染めず、成績は急降下。本人曰く、「ひと学年に160人いる神奈川の進学校で、成績がビリから10番目ぐらいだった」という状態を経験します。
ひと学年に160人いる神奈川の進学校で、成績がビリから10番目ぐらいだったんですよ。
【出典】steenz
しかし、この挫折こそが、彼の人生を大きく変える転機となるのです。
第2章:覚醒の時代 – サブカル不良が人気ブロガーになった高校時代
勉強という評価軸から一度はドロップアウトした彼が、次に没頭したのは「原宿の古着」でした。
私服通学が可能な校風を活かし、彼は毎日原宿に通い詰め、古着の情報を発信するブログを開設します。
すると、その熱量の高いブログが人気を博し、彼は「高校生人気ブロガー」として、学校の外の世界で初めての成功体験を掴むのです。
部活を引退後、原宿へ足を運び、古着屋をめぐる毎日。古着情報を綴ったブログで、高校生人気ブロガーに。
【出典】Wantedly
この経験が、後の株式会社yutoriの原点となります。
第3章:飛躍の時代 – ビジネスの才覚を発揮した明治大学
高校時代の挫折と成功体験をバネに、彼は明治大学商学部に特別給費奨学生として進学。
ここで、彼のビジネスの才能が一気に開花します。
大学ではアカペラグループをプロデュースし、600人規模のワンマンライブを成功させるなど、コミュニティを熱狂させる手腕を発揮。
大学のアカペラサークルのメンバーたちとグループを組み、音楽活動をしていたんです。最終的には600人くらいのファンを集め、ライブハウスでワンマンライブを開催し、解散しました。
【出典】note.com
同時に、古着販売の副業も開始。
高校時代に培ったSNSでの発信力と、大学で学んだビジネスの視点、そして人を巻き込むプロデュース能力。
まとめ:片石貴展の学歴は、すべてのはみ出し者への応援歌である
片石貴展さんの学歴を辿ると見えてくるのは、「良い学校に行けば成功できる」という単純なサクセスストーリーではありません。
むしろ、学校という枠組みの中で挫折し、そこからはみ出し、自分の「好き」という世界に没頭した経験こそが、彼を唯一無二の存在にしたのです。
彼の生き様は、学歴や既存の評価に悩む全ての人々にとって、「道は一つではない」ということを教えてくれる、力強い応援歌と言えるでしょう。
